終戦から80年―

今年は終戦から80年。
戦争の記憶が風化していくなか、体験した人の「声」は貴重なものとなっています。
これは、「戦争の記憶」を次の時代へ繋いでいくプロジェクトです。
「ライブBBT」は、戦争を体験した人、その記憶を受け継ぐ人、
そうした人々の「声」を伝え続けていきます。

最新記事

「広島慰霊の旅」で富山の高校生たちが見た被爆の痕跡と継承への決意

戦後80年が経ち、戦争を知らない世代が多くを占めるなか、その記憶をどうつないでいくかが課題となっています。
今回は、被爆者の思いを若い世代に知ってもらおうと県被爆者協議会が開いた広島慰霊の旅について。
参加した県内の5人の高校生が広島で感じ取ったこととは…。高校生に密着しました。

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過去の放送

8月18日放送

富山大空襲 記憶を親子3代で語り継ぐ

戦後80年が経ち、戦争を知らない世代が多くを占めるなか、その記憶をどうつないでいくかが課題となっています。父親の戦争の体験を受け継ぎ、語り継いでいる2人の2世の語り部です。
初回は富山大空襲の記憶を3世代でつなぐ家族の継承の取り組みを見つめます。

8月1日放送

特攻の記憶を次世代につなぐ平和授業

太平洋戦争末期に特攻の最前線基地となった鹿児島県の知覧と富山をつなぐ物語を2回にわたってお伝えしています。
2回目の今回は、SDGsの普及や次世代教育に取り組む深井宣光さんが地元、富山市八尾町の小学校で行った平和と命の特別授業です。

7月31日放送

富山の隊員も…特攻の真実と向き合う

戦後80年―つなぐー、太平洋戦争末期に特攻の最前線基地となった鹿児島県の知覧と富山をつなぐ物語を31日と1日の2回にわたってお伝えします。
31日は特攻の真実と向き合う富山市の男性の思いです。

7月30日放送

「被ばくピアノ」に込めた思い

戦後80年の節目となる今年、広島の原爆で傷ついたピアノが富山県高岡市に持ち込まれた。「原爆の被害から残ったピアノを弾いていたら涙が…すみません言葉にできなくて」。

7月29日放送

高校生 空襲の現場で感じたものは…

戦争の記憶を次の世代に伝える高校生グループの取り組みを紹介します。
行われたのは富山大空襲の戦跡を巡るツアー。高校生たちは戦争の爪痕が残る現場で何を感じたのでしょうか。

7月28日放送

傷跡から…何を思い、何を未来へ

まもなく迎える8月2日の未明、多くの犠牲者を出した富山大空襲に思いを馳せます。
いまも県民の心に、富山の建造物に残る傷痕から私たちは、何を思い、何を未来につなげることができるのでしょうか。

7月7日放送

南砺市の107歳 平和への思い新たに

モンゴルを訪れている天皇皇后両陛下は8日、戦後、旧ソビエトによって抑留され強制労働に従事して亡くなった日本人を偲ぶために建てられた慰霊碑を初めて訪問されます。

6月26日放送

県議会議事堂で初の原爆写真展

80年前、広島や長崎に落とされた原爆。被害の様子を写真や絵画で伝える展示会が県議会の議事堂で開かれました。
原爆写真展は広島や長崎に原爆が投下されてから80年となるのを節目に県被爆者協議会が開きました

6月25日放送

沖縄はどう戦争を語り継ぐのか

富山大空襲を体験した父親と共に記憶を語り継ぐ西田亜希代さんと娘の七虹さん。
沖縄慰霊の日に合わせ、戦争の記憶がどのように受け継がれているのかを学ぶため沖縄を訪れた。

6月24日放送

戦争はむごいもの 平和への願い

80年前、東京と富山で2度の大空襲を体験した声楽家が富山県富山市にいます。
今年94歳となった男性は、戦後80年の今年、自らの記憶と平和への思いを音楽で届けようと、コンサートを開きました。

6月23日放送

父の被爆体験を後世に 広島を訪問へ

「どんどん核兵器による被害の実態が忘れ去られようとしている。語り継ぐこと、若い人の意識を高めることが大事である」。
富山県被爆者協議会の小島貴雄会長はそう語る。戦後80年を迎え、被爆体験の風化と継承の課題に向き合う小島会長の思いと活動を追った。

2025年6月4日放送

核廃絶訴え 被爆2世が平和大行進

戦後80年の節目を迎えた今年、核廃絶を訴える「国民平和大行進」が富山県内でも行われた。
世界で初めて原爆が投下された広島と長崎を目指すこの行進に、被爆体験を語り継ぐ県内の被爆2世も加わり、平和への願いを新たにしている

2025年5月29日放送

❝平和への思い❞ 戦争体験者と高校生

戦後80年という節目を迎え、戦争の記憶を未来へ継承しようと奮闘する若者たちの姿がある。 富山大空襲の体験者の話に高校生が耳を傾け、平和について考える集会が富山市内で開かれた。

2025年5月22日放送

2度の大空襲を体験した94歳の声楽家

戦火を生き抜いた声楽家が94歳の今も歌い継ぐ平和への願い。富山空襲から80年、その記憶を音楽にのせて次世代へ伝えようとする男性がいる。「私はモグラと同じ生活をしていた」〜二度の空襲を生き抜いた94歳の声楽家。

2025年5月19日放送

“同じ体験”長岡市で富山大空襲展示

80年前の8月、富山市の数時間前に新潟県長岡市がアメリカ軍の空襲を受けました。 戦後80年の今年、その長岡市で、富山大空襲の資料が展示されました。 隣県の市同士、互いに「戦争の記憶」を後世に伝えていく思いが込められています。

2025年5月13日放送

抑留経験を持つ107歳の男性 “非戦の願い”

終戦直前、ソ連軍の捕虜となり、過酷な環境の中で労働を強いられた経験を持つ107歳の男性が南砺市にいます。 抑留の記憶が薄れゆく中、この80年、抱き続けたのは「過ちは、二度と繰り返されてはならない」、切な願いです。

2025年5月8日放送

富山大空襲を語り継ぐ “90歳の願い”

戦後80年の今年、「戦争の記憶」を後世に語り継ぐ活動が各地で行われています。年々、戦争体験者が少なくなっていく中、「あの時」を伝え続ける人たち。富山大空襲を体験した90歳の男性が、いまも講演を続けています。

2025年5月7日放送

影絵で描く「砺波のチューリップの歴史」

砺波市で開かれた「となみチューリップフェア」。その始まりには、戦後の食料がない中で、チューリップの栽培を続けた1人の青年の努力があったことをご存じでしょうか。戦後80年、今年その「秘話」を題材にした影絵劇が上演されました。

2025年4月24日放送

空襲を受けた富山と新潟・長岡が交流

80年前、富山市街地が焼け野原になった大空襲。隣県、新潟県長岡市も富山市と同じ時期に空襲を受けました。その長岡市で来月、富山大空襲の資料が展示されます。富山市の本願寺富山別院。富山大空襲に関する資料が保管されています。

2025年4月23日放送

語り継ぐ「被爆体験伝承者」の県人

世界で唯一の被爆国、日本。去年、日本被団協、日本原水爆被害者団体協議会が、ノーベル平和賞を受賞したのを機に「核兵器廃絶」を訴える声が強まっています。この富山の地にも原爆の恐ろしさを伝え続ける女性がいます。

2025年4月15日放送

富山の地から問う「戦争の記憶」執筆

戦争を体験した人にしかわからない「戦争の悲惨さ」「平和の大切さ」体験した人の思いを語り継ぐ人たち。戦後80年の今年、日本の敗戦の意味を考える書籍を出版したグループが、15日、出版発表会を開き、執筆に込めた思いを語りました。

2025年4月8日放送

「戦争の記憶」後世に 祖父と孫の思い

初回は、80年前に富山大空襲を体験したひとりの男性と孫の高校生、2人の「思い」を伝えます。今月3日。高岡市内に高校生が集まっていました。グループ「輪音」。県内4つの高校に通う2・3年生9人が、「戦争の記憶」の継承に取り組んでいます。